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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)3252号 判決

原告

西本俊一

右訴訟代理人弁護士

米山龍人

被告

住友ゴム工業株式会社

右代表者代表取締役

桂田鎭男

右訴訟代理人弁護士

保津寛

露口佳彦

佐々木信行

岡和彦

右保津寛訴訟復代理人弁護士

小野博郷

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一億四〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年五月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告会社は各種ゴム製品等の製造及び販売などを業とする会社、株式会社日本ダンロップ(以下「ダンロップ」という)は、被告会社の全額出資により設立され、ゴム等の材料で製造された製品の販売を業とする会社である。被告会社とダンロップは別法人であるが、被告会社が製造を、ダンロップが販売を担当し、役員は両社兼務であり、社員も両社の仕事をしている(以下被告会社及びダンロップを併せて「被告会社ら」ということがある)。

(二) 原告は、昭和四九年一〇月被告会社に入社し、昭和五三年六月三〇日付けで退職した。原告は在職中ダンロップの業務に携わったが、被告会社との間で雇用契約を締結し、給与等も被告会社より支給された。

2  本件革靴事業について

(一) 原告は、昭和四九年一〇月ころ被告会社ら専務取締役の岡町龍雄(以下「岡町専務」という)から、新規に行う革靴の製造販売事業(以下「本件革靴事業」という)への協力を求められ、同月被告会社に嘱託として入社し、右事業計画を具体的に検討する仕事に従事し皮革業者らと相談し検討の結果、右事業は成功する確率の高いことを岡町専務に報告した。原告は昭和五〇年一〇月被告会社正社員となり、被告会社らのスポーツ用品企画部開発課(昭和五一年一月スポーツ用品部スポーツ用品課と改称)に所属した。

(二) 原告は昭和五一年一月に課長代理に昇格した。久門建紀(以下「久門部長」という)は同月被告会社らのスポーツ用品部長に就任し、原告の上司となった。

(三) 被告会社らでは月末ごとにスポーツ用品部の部長会議が開催され、

(1) 昭和五〇年一一月の部長会議において、本件革靴事業の販売代理店をシバタ工業株式会社とすること、

(2) 昭和五一年三月の部長会議において、被告会社らは婦人靴の販売事業を開始し、昭和五一年度の予算額は最低七億円とすること、右事業の具体的計画及びその実行方法については原告に一任すること

がそれぞれ決定された。

(四) 本件革靴事業の販売は、シバタ工業をダンロップの代理店とし、同社から協同組合ソーワ(以下「ソーワ」という)を介して各地の靴販売店に商品を流通させるという経路によった。

(五) 原告は、昭和五一年六月神戸でダンロップブランドの秋冬物靴の展示会を開催し、販売業者から総額一三億円の注文を受けたが、生産業者の生産量等を考慮し、原告は受注額を七億円程度に押えることとし、その旨被告会社に稟議書を提出し承認された。

(六) 久門部長は昭和五一年一二月二四日、本件革靴事業における被告会社らから販売業者への革靴出荷を停止する措置(以下「本件出荷停止」という)をとるとともに、それまで革靴の販売営業を全面的に担当してきた原告を右営業より除外し集金業務を行わせず、事務的処理業務に配置替えした。以後右革靴販売代金回収業務は久門部長が行うこととなり、原告は被告会社らとソーワとの革靴取引及び代金回収については関与することができなかった。

3  原告の退職に至る経緯について

(一) 原告は、昭和五二年四月被告会社らの監査部から本件革靴事業の商品代金約五〇〇〇万円が未収となっている旨初めて聞いた。また被告会社らは同年六月一〇日をもって右革靴商品代金のうち約五〇〇〇万円を未収金として取り扱うことを決定した。

(二) 久門部長は、昭和五二年一二月末スポーツ用品部内に回覧した社内報に、革靴商品代金約五〇〇〇万円が未収となっている旨の年度報告を記載し、昭和五三年一月七日付け「昭和五三年度年間方針」と題する書面に革靴の在庫累積と未収金のことを批判する意見を掲載した。

(三) 原告は昭和五三年六月二〇日ころ、安宅勇スポーツ用品事業部副事業部長と久門部長から、「社長から未収金と損害金の責任をとれと言われている。在庫もほとんど消化されていない。本来なら懲戒免職となるが、よその会社に就職するときのことを考えて特に依願退職を認めるので辞表を出してくれ」等言われたが、原告はこれを拒絶した。

(四) その後右安宅副事業部長はスポーツ用品部の各部長らに、原告は一週間もたつのに久門部長の責任であると開き直って辞めようとしないので困っている等述べ、被告会社らも取引先に原告が退職する旨伝えた。

(五) 安宅副事業部長は同年六月二五日ころ原告に対し「社長は大変怒っているが、お前のことを考え懲戒免職を避けようとしているから早く辞表を出してくれ」と退職を迫った。

(六) 原告は、未収金五〇〇〇万円余りと損害金のことで責任追及されている以上、配置転換や懲戒免職されるよりも自ら退職するのもやむを得ないと考え、退職届を被告会社に提出し、同月末をもって退職した。なお、原告は当時久門部長らから言われたように、自己の責任で本件革靴事業が失敗し被告会社に損害を与えたものと思っていた。

4  退職理由の不存在

(一) ダンロップは昭和五三年一二月六日神戸地裁に、ソーワ外三名を被告として売掛残代金五八八四万二六六〇円の支払を求める訴訟を提起した。ソーワは昭和五四年一一月二九日ダンロップに対し、革靴商品を供給しなかった債務不履行による損害賠償として一億一五〇〇万円の支払を求める反訴を提起した。右両事件について昭和五七年七月二七日、ソーワがダンロップに八八〇万円を支払う旨の和解が成立した。

(二) 原告は、昭和五七年八月ころ右訴訟当事者から話を聞き訴訟記録を閲覧検討した結果、被告会社が原告に退職を強要した未収金約五〇〇〇万円及び損害金は原告の責めに帰すべきものではなく、被告会社ら、特に久門部長の責めに帰すべき事由より生じたものであり、原告には退職すべき事由が存在しなかったことが判明した。

(三) 未収金が生じた理由は次のとおりである。

(1) 三〇九〇万〇一九五円

久門部長は、昭和五二年四月一五日ソーワの岡村理事長より総和協業振り出しの額面三〇九〇万〇一九五円の手形一通を受け取ったにもかかわらず、同年六月一〇日の支払期日に呈示しなかった。そのため右代金相当額の未収金が生じた。

(2) 一六九二万七七五〇円

販売先の小売業者である柴田商店振り出しの手形四通、額面合計一五七二万七七五〇円及びシューズ北郷振り出しの額面一二〇万円の手形が不渡りとなった。右振出人らは久門部長のした本件出荷停止により経営不振に陥って昭和五二年六月ころ倒産したため右各手形は不渡りとなったのであり、本件出荷停止がなければ右代金を回収できたはずである。

(3) 一一〇二万九五〇七円

靴の取引において、販売業者は消費者のクレーム処理に充当するため仕入代金のうち約五パーセントを支払わずに留保しておき、消費者からのクレームがなければ次の仕入代金支払のとき右留保金を加算して仕入先に清算するという商慣習が存在する。本件革靴事業の昭和五一年度売上合計(返品分を控除)は二億二〇五九万〇一五〇円であり、その五パーセントの一一〇二万九五〇七円は販売業者の留保金である。

(4) 以上の金額を合計すると、前記五八八四万二六六〇円を超える金額となるから、原告の責めに帰すべき未収金は存在しない。

(四) 被告会社のいう損害金は原告の業務とは無関係であるか、久門部長のした不当な本件出荷停止によって生じたものであるから、原告が責任を負ういわれはない。

5  被告会社の責任

被告会社は、革靴商品代金の未収金約五〇〇〇万円及び損害金を発生させた責任が、被告会社特に久門部長にあったにもかかわらず、その真実の原因を調査確認することなくそのすべての責任が原告にあるように決めつけ、安宅副事業部長及び久門部長をして原告に未収金の責任を取って退職するよう強要かつ欺罔させた結果、原告は退職届を提出したものである。これは原告の被告会社における労働権を不法に侵害したものであり、被告会社は民法七〇九条又は七一五条に基づき原告が被った後記6記載の損害を賠償すべき義務を負う。

6  原告の損害について

(一) 逸失利益

(1) 原告は昭和五三年六月の給与として税金等を控除した手取額二〇万七三〇〇円を受け取った。原告の給与は毎年少なくとも一一・二三パーセント上昇したはずであるから、昭和五四年度以降原告の給与は別紙計算書(一)記載のとおりである(前年度の給与の一一・二三パーセント増加額が各翌年度の給与である)。被告会社では一年間において賞与として月給五カ月分が支給されているから、原告の賞与は別紙計算書(二)記載のとおりである。

(2) 原告は、被告会社に勤務していれば、昭和五三年七月以降六〇歳の定年退職日(平成九年二月二七日)までの間において、被告会社より別紙計算書のとおり給与総額一億六〇七五万九〇〇〇円及び賞与総額六七九二万三〇〇〇円の合計二億二八六八万二〇〇〇円の支給を受け得たはずであり、その五割の一億一四三四万一〇〇〇円が逸失利益である。

(二) 慰謝料

原告の労働権を不当に侵害された慰謝料として三〇〇〇万円が相当である。

7  よって、原告は被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき損害額合計一億四四三四万一〇〇〇円のうち一億四〇〇〇万円及びこれに対する弁済期の後である昭和五九年五月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)、(二)の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実のうち、原告は、昭和四九年一〇月被告会社に嘱託として入社したこと、昭和五〇年一〇月被告会社正社員となり、被告会社らのスポーツ用品企画部開発課(昭和五一年一月スポーツ用品部スポーツ用品課と改称)に所属したことは認めるが、その余は知らない。

(二)  同2(二)の事実は認める。

(三)  同2(三)の事実は否認する。

(四)  同2(四)の事実は認める。

(五)  同2(五)の事実のうち、原告が昭和五一年六月神戸でダンロップブランドの秋冬物靴の展示会を開催したことは認めるが、その余は否認する。

(六)  同2(六)の事実のうち、久門部長が本件出荷停止をしたことは認めるが、その余は否認する。

3(一)  同3(一)、(三)ないし(五)の事実は否認する。

(二)  同3(六)の事実のうち、原告が退職届を提出し昭和五三年六月末日をもって退職したことは認めるが、その余は知らない。

4(一)  同4(一)の事実は認める。

(二)  同4(二)の事実は否認する。

(三)(1)  同4(三)(1)の事実のうち、手形の不呈示により未収金が生じたことは否認し、その余は認める。岡村理事長より分割払にしてほしいとの要請があったため呈示しなかったものである。

(2) 同4(三)(2)ないし(4)の事実は否認する。

(四)  同4(四)の事実は否認する。

5  同5の事実は否認する。

6  同6は争う。

三  被告の主張

1  原告の以下2ないし4の諸行為につき、被告会社において懲戒の降格処分を内部決定し、久門部長が降格処分の避けられぬことを原告に伝えたところ、原告から自発的に退職届が提出されたものであり、被告会社らや社員において、原告に嫌がらせや退職を強制する行為をしたことはない。

2  ソーワとの取引について

(一) 原告の直属の上司である久門部長は、昭和五一年六月に神戸で開催された靴展示会で「日本ダンロップ」との掲示がされていたことから、原告に対し、被告会社らの革靴事業計画は未定であり、社内決裁もとらず単独行動をしないよう注意した。

(二) 原告は、昭和五一年八月一七日婦人用ブーツの発売計画について社内決裁の稟議書を提出し、既に被告会社らが受注している六万七〇〇〇足(約三億円)のみを生産することとし、その後も受注した数量だけを生産し在庫は残さない方針でいく旨説明した。右稟議書は同年九月二一日決裁された。ところが原告は、右稟議書提出前の昭和五一年六月一八日から七月三〇日にかけて上司の了解を得ず、下請メーカー三社に総計一二万五〇〇〇足、金額にして五億一三七五万円の婦人用ブーツを発注し、大量の在庫を抱える一因となった。

(三)(1) ダンロップがソーワに商品を直接販売することは与信面の問題があるので、シバタ工業を代理店として介在させることになり、ダンロップからシバタ工業、同社からソーワの経路で靴の販売が行われることとなり、昭和五一年八月からブーツの出荷が始まった。

(2) シバタ工業は昭和五一年一〇月ころ、原告に代理店を辞退する旨申し入れたが、原告はようやく同年一二月二三日そのことを久門部長に報告した。久門部長は直ちに本件出荷停止をした。

(3) シバタ工業は翌二四日久門部長に、代理店辞退の話は一〇月に原告に伝えてあり、一一月からの出荷分については責任が持てない旨述べた。一一月分の売上は約九〇〇〇万円、一二月の売上は約一億九五〇〇万円であった。

(4) 原告が稟議書どおり、シバタ工業とダンロップ間の契約書を作成していればシバタ工業の代理店辞退を阻止できたであろうし、また昭和五一年一〇月の時点でシバタ工業が辞退することを上司に報告しておれば、同年一一月及び一二月の高額の出荷もくいとめられたはずである。

(四) ソーワの方から、自分が代理店となってダンロップと直接取引をしたいとの要請があり、昭和五二年に入ってからダンロップとソーワ間で、昭和五一年度取引の最終残高を確認する作業を行ったが、双方の意見が対立しその差は約一四〇〇万円であった。右差が生じた一因は、原告が、下請メーカーの生産した革靴を社外倉庫に搬入させてソーワ自身に管理させていたことによるものであった。

(五) ソーワは被告会社らに対し、次の金員の支払を請求し、トラブルが生じた。

(1) ソーワが昭和五二年一月に、原告から依頼され革靴メーカーの日の出シューズに婦人靴一万足を発注し、代金として支払った八二〇万円。

(2) ソーワが、原告の要請で靴、レザーウェア等のコンサルタントの石川事務所へ立替払したダンロップの顧問料二四〇万円。

(3) ソーワが、原告が雇ったセールスマンの高山に立替払した同人の旅費日当一五五万円。

3  不良品問題等

(一) 外注先の桐野ゴム工業所とパレットシューズ株式会社は、昭和五二年三月初め被告会社らに対し、不良品であるとの理由により未払となっている靴代金六四〇〇万八〇〇〇円の支払を請求してきた。久門部長が原告に聞くと不良品は返却しないという条件であったというが、その旨の書面が取り交わされていたわけではなく、結局被告会社が三〇八六万八七二〇円の解決金を支払って示談した。

(二) 原告は、昭和五一年一一月神戸にて、上司に無断で春夏物靴の展示会を開き、その後社内稟議も報告もないまま、〈1〉伊藤忠商事に子供靴六万四八〇〇足、五一二五万二〇〇〇円、〈2〉スミヤゴムにレインブーツ一万〇八一〇足、一八九八万五〇〇〇円、〈3〉日の出シューズに婦人靴、を各発注していた。被告会社は右原告の発注について事後追認せざるを得ず、大量の在庫を抱えることになった。

4  昭和五二年一一月二四日、レザートリイこと鳥居秀行から被告会社らに対し、昭和五一年四月から一二月にかけて原告から革表ウェアー約二〇〇〇着、約三〇〇〇万円の発注を受け製造したので製品を引き取ってくれとの申入があり、原告は注文を否定していたが、調査の結果注文していないとはいえない状況であったので、ダンロップは鳥居に対し七〇〇万円の示談金を支払った。

四  被告の主張に対する認否反論

1  被告の主張1の事実は否認する。

2(一)  同2(一)の靴の展示会は、久門部長も了承のうえ被告会社が開催したものであり、原告が同部長から注意されたことはない。

(二)  同2(二)の稟議書の提出及び決裁日は認めるが、その内容については否認する。稟議書では、昭和五一年度の総生産数量一八万五〇〇〇足、第一回受注数量八万八〇〇〇足となっていたが、具体的受注数量は全体の生産数量の枠内で被告会社の了承を得て動かし得るものとなっていた。また、昭和五一年六月から七月にかけての下請メーカーに対する発注については、事前に久門部長及び社内の関係部署の承認を得た。被告会社において稟議書の決裁前権限ある責任者の承認を得て事業活動が展開されることはしばしばあった。

(三)  同2(三)(1)の事実及び(2)の事実のうちシバタ工業は昭和五一年一〇月ころ原告に代理店を辞退する旨申し入れたことは認める。シバタ工業は同じころ久門部長に同様の申入をした。同2(三)(3)、(4)の事実は否認する。シバタ工業が代理店を辞退したのは昭和五二年二月末であり、代理店を辞退したいとの意向があったとしても、同社は辞退までの取引による売掛金を清算する債務を負うから、被告会社らの損害はなく、原告の責任はない。また、シバタ工業との間で契約書を作成しなかったのは久門部長の指示による。

(四)  同2(四)の最終残高について意見が対立した理由は否認する。社外倉庫で革靴を保管することは被告会社が決定したことであるし、社外倉庫における入出荷については、それに伴う伝票が被告会社らの各部署に回付されその承認を得たうえで行われた。

(五)(1)  同2(五)(1)の事実は否認する。日の出シューズへの発注は久門部長がしたもので、被告会社は当然その代金を払うべきである。

(2) 同2(五)(2)の事実は否認する。石川事務所は被告会社系列のダンロップ・ホーム・プロダクト株式会社の顧問であり、顧問料の問題は同社との間で解決すべきである。

(3) 同2(五)(3)の事実は否認する。

3(一)  同3(一)の事実のうち被告会社が桐野ゴム工業所とパレットシューズに解決金を払ったことは認める。両社との間では、手直しのきかぬ不良品は廃棄処分とし手直しした商品は受け入れるということで、合意が成立しているし、不良品と扱う場合には赤伝票を作成するが、右両社の代表者は不良品であることを確認了解し赤伝票にその旨署名捺印していたものであり、被告会社が両社に解決金を支払う理由は何ら存在しない。

(二)  同3(二)の事実は否認する。昭和五一年一一月の展示会は久門部長が発案し、被告会社らが開催したものであるし、伊藤忠商事他二社への発注は久門部長がしたものである。

4  同4の事実のうち原告が鳥居に発注したことは否認する。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1(一)、(二)の事実、同2(一)の事実のうち、原告の入社時の身分は嘱託であったこと、原告は昭和五〇年一〇月被告会社正社員となり、被告会社らのスポーツ用品企画部開発課(昭和五一年一月スポーツ用品部スポーツ用品課と改称)に所属したこと、並びに同2(二)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない(証拠略)、原告本人尋問の結果(一、二回、左記措信しない部分を除く)を総合すれば、次の事実が認められ、この認定に反する原告本人尋問の結果(一、二回)は措信しない。

1  本件革靴事業の開始について

(一)  原告は、昭和四九年一〇月被告会社に嘱託として入社し、昭和五〇年一〇月被告会社正社員となり、被告会社らスポーツ用品部スポーツ用品課(当時の名称はスポーツ用品企画部開発課)に配属された。原告は、同月開催されたスポーツ用品会議において被告会社ら専務取締役の岡町から、被告会社らは靴の製造販売事業に新規参入する計画なので、同事業につき検討するよう指示されたので、以前ダンロップと取引のあったソーワ理事長の岡村由一郎と相談した。ソーワは、靴材料の販売、靴の製造、部品加工及び靴の販売等各種業者によって組織された協同組合であり、原告はソーワ加盟の業者と個別に会談し、ソーワに靴の製造及び販売を担当させようと考えた。

(二)  原告は昭和五一年一月スポーツ用品課長代理に昇格した。久門部長は、同月住友電気工業株式会社から被告会社らへ移籍して被告会社らのスポーツ用品部長兼同部スポーツ用品課長に就任し、原告の直属の上司となった。久門部長はそれまで靴関係の事業に携わったことはなかった。

(三)  昭和五一年三月のスポーツ用品会議で、大手業者が存在しない等の理由により、本件革靴事業の対象を婦人用革靴とすることが決まった。原告は昭和五一年六月二三、二四日神戸で、ソーワの全面的な協力を得て秋冬物靴、特に婦人用ブーツを中心としたサンプル商品の展示会を開催した。久門部長は、同六月に至り初めて原告から右展示会について報告を受け、右展示会場には「日本ダンロップ」と掲示されていたことから、原告に対し、被告会社らでは本件革靴事業の開始はまだ正式決定されていないから、社内決裁もとらず行動しないよう注意した。

2  本件革靴事業取引について

(一)  見込生産について

(1) 原告は昭和五一年八月一七日、「昭和五一年度シューズ発売計画について」と題する稟議書を上司に提出した。原告は右稟議書に、婦人用ブーツを中心として本件革靴事業を開始すること、ブーツ等の生産計画は一二万足、五億七〇〇〇万円余とするが、さしあたっては六万七〇〇〇足(約三億円)を生産し、その後は受注状況に応じて生産販売する旨記載し、受注したものを生産し在庫は残さないこととする旨上司に説明し、右稟議書は同年九月二一日最終決裁された。

(2) なお、ダンロップは被告会社が全額出資している会社で、被告会社が製造した商品をダンロップが販売するという関係にあり、両社の従業員も両社は一体の会社であると認識している。本件革靴事業は被告会社が外注先を用いて靴を生産し、それを買い受けたダンロップが販売するという形態でなされた。

(3) ところが、原告は右稟議書提出前の昭和五一年六月一八日から七月三〇日にかけて、外注先の下請メーカー三社(パレットシューズ株式会社、株式会社スミヤゴム、桐野ゴム工業所)に、総計一二万五〇〇〇足、金額にして五億一三七五万円の婦人用ブーツの製造を上司の了解を得ず発注していた。右のうち実際に生産された数量は九万七一六三足であり、その後原告は受注が八万四六五〇足に増加したと説明したが、右数量と比較しても一万二五〇〇足余りも多く生産されており、この見込生産が在庫増加の一因となった。

(二)  シバタ工業問題について

(1) 本件革靴事業は実質的にはダンロップからソーワに革靴を販売し、ソーワが自己の得意先である各卸店に販売するという経路で行われることとなったが、ダンロップとソーワ間の直接売買では代金回収に不安があるので、久門部長は原告に対し、代金債権確保の目的でダンロップとソーワ間に信頼できる業者を介在させるよう指示した。原告は右指示に基づき、シバタ工業をダンロップの代理店として右取引に介在させることとし、昭和五一年八月三一日その旨の稟議書を上司に提出し同年九月一八日決裁された。本件革靴事業はダンロップからシバタ工業、同社からソーワという経路で販売が行われ、その代金決済は、ソーワが各卸店から受け取った手形をシバタ工業に持参し、シバタ工業は自己振出の手形をダンロップに交付するという方法でなされることとなり、同年八月から婦人用ブーツの出荷が始まった。右取引につきシバタ工業と被告会社ら間では契約書は作成されなかった。

(2) シバタ工業は昭和五一年一〇月末ころ原告に対し、代理店を辞退する旨申し入れ、ダンロップからシバタ工業宛の請求書を返却してきた。そのうえ、同社は同一〇月以降の売買代金につき自己振出の手形をダンロップに交付することを拒否した。原告は同年一二月二三日に至りようやく、シバタ工業が代理店を辞退する旨申し入れてきたことを久門部長に報告した。久門部長は直ちに本件革靴事業の商品の出荷停止措置をとった。

(3) 久門部長は翌二四日シバタ工業の副社長と会談したが、同副社長は「当社は最初から革靴の代理店になる意思はなかった。金額が予想以上に多額となり与信できない。代理店辞退の話は一〇月に原告に伝えてあり、同月以降の出荷分については責任が持てない」と述べ、同社の手形を発行することを拒否した。その後久門部長やその上司がシバタ工業と何度か話し合った結果、昭和五二年一月に至り昭和五一年一二月末時点の被告会社らの計算による売掛残金二億五二一六万円余のうち一億二四三〇万円余をシバタ工業がダンロップに支払うことで合意に達し、シバタ工業は自己振出の手形及び小切手で右金員を支払った。

(4) 被告会社は、原告がシバタ工業とダンロップ間の契約書を作成しなかったこと及び昭和五一年一〇月末時点でシバタ工業から代理店辞退の申入を受けたのにすぐに上司に報告しなかったという職務怠慢行為が、ダンロップとシバタ工業間の問題解決を困難にし、本件出荷停止の一因となったと判断した。

(三)  ソーワとの取引について

(1) ソーワから、自分が代理店となってダンロップと直接取引をしたいとの要請があり、実質的には本件婦人用ブーツの取引はソーワとダンロップ間の取引であったから、昭和五一年一二月時点での売掛残金のうち前記シバタ工業から回収した金員を控除した残金については実態に即してソーワが支払うことを条件として、昭和五二年三月ダンロップとソーワ間において革靴の継続的取引に関する契約が締結された。ソーワは昭和五二年二月から四月にかけて前記残代金のうち三八九七万九五五〇円をダンロップに支払った。

(2) その後ダンロップとソーワ間で、昭和五一年度の取引額の確定作業を行ったが、返品数量等に争いがあり売買残代金額で一致できないばかりでなく、ソーワは被告会社らに対し左記(四)記載の債権を有しているので支払を留保している旨主張した。

(四)(1)  ソーワは、昭和五二年一月原告から依頼されて被告会社を代行し、革靴メーカーの日の出シューズに婦人靴一万足を発注し、その代金八二〇万円のうち三八三万円については原告の了解を得て支払い、残金の四三七万円については原告と日の出シューズの代表者が一緒にソーワを訪れ、原告がソーワに右金額を立替払するよう要請したので同額の手形で立替払した旨主張し、右八二〇万円のうち商品の入荷分を控除した七二一万円の債権を有する旨主張した。原告は、日の出シューズの代表者の要請により同人と共にソーワに行き靴代金を請求したことがあり、その結果ソーワは岡村の経営する総和協業振出の額面四三七万円の手形で支払をしたことはあるが、それ以外のことは関与していない旨被告会社らに報告した。

(2)  ソーワは、原告の要請で靴、レザーウェア等に関するダンロップの顧問料としてコンサルタントの石川事務所へ二四〇万円を立替払したから、同額の債権を有する旨主張した。原告は、そのうち一二〇万円は石川から借金を頼まれたので、ソーワに立て替えてもらい石川に貸したもので原告と石川との個人的な貸借であり、残金一二〇万円はソーワ自身のコンサルタント料として石川に支払ったものでダンロップとは無関係である旨被告会社らに報告した。

(3)  ソーワは、セールスマンの高山は原告が雇った者であり、同人の出張旅費一五五万円をダンロップに代わり立替払したので、同額の債権を有する旨主張した。原告は、自分が高山を雇ったものではないし、同人への支払はソーワがするという約束であったので、右債権は支払う必要がない旨被告会社らに報告した。

(4)  右(1)ないし(3)の問題について原告から事前の報告はなく、久門部長はソーワから要求があるまで右問題があるとは知らなかった。

3  不良品問題等

(一)  外注先の桐野ゴム工業所とパレットシューズは、昭和五二年三月初め被告会社らに対し内容証明郵便で、婦人用ブーツの売掛代金等六四〇〇万円余の支払を請求してきた。桐野ゴム工業所らの話では、昭和五一年七月から一一月にかけて納入したブーツのうち、被告会社らが不良品と主張するブーツ代金が支払われていないし、不良品との判定は納得できない、不良品の現品も返却されていない、この件の善処方を昨年から原告に要請しているが現在に至るも未解決であるとのことであった。原告はこの問題について久門部長ら上司に何ら報告していなかった。久門部長は原告に尋ねると、不良品は返却しないという了解を口頭により得ていたということであったが、書面が取り交わされていたわけではなく、昭和五二年四月被告会社が桐野ゴム工業所らに合計三〇八六万八七二〇円の解決金を支払って示談した。

(二)  原告は、本件革靴事業を継続し売掛代金回収を円滑に行うため、昭和五一年一一月後半ソーワの協力を得て、神戸でダンロップブランドの春夏物靴の展示会を開いたが、上司に右開催については事前の報告をしなかった。そして社内決裁も報告もないまま、伊藤忠商事に子供靴六万四八〇〇足、五一二五万二〇〇〇円相当分を発注した。また、ソーワの発注書で本件革靴事業の商品として、スミヤゴムに対しレインブーツ八一〇足、同社経由でその下請の田中ゴム工業所に対しレインブーツ二万五〇〇〇足が発注されていた。原告は、伊藤忠商事の件については当初生産枠を確保しただけであると述べていたがその後発注したことを認めたので、被告会社は昭和五二年六月自社の取引として受け入れた。被告会社はスミヤゴム製造のレインブーツ八一〇足については同年一一月受け入れた。田中ゴム工業所の件については原告が同社と交渉した結果、一万足分については被告会社として受け入れ、残一万五〇〇〇足については田中ゴム工業所が売却等するということで合意し、被告会社は田中ゴム工業所に右代金一七〇〇万円を支払った。

4  レザートリイ問題

昭和五二年一一月二四日、レザートリイこと鳥居秀行が久門部長を訪れ、昭和五一年四月から一二月にかけて原告から革表ウェアー約二〇〇〇着、約三〇〇〇万円の発注を受け製造したが、製品を引き取らず、代金も未払なのでその問題の解決を要求してきた。原告は、鳥居がサンプル商品を作成しダンロップ結由で百貨店等で委託販売したことはあるが、鳥居に正式発注はしていないと被告会社らに報告した。右商品には原告の了解のうえダンというブランド名が付されていたという事情もあり、ダンロップとしては原告の発注行為を全面的に否定することは困難と考え、鳥居の申立てによる損害賠償調停事件において、昭和五七年七月同人に七〇〇万円の解決金を支払うことで和解した。

5  本件革靴事業に関して、原告には右のような各種問題行為があったため、被告会社は原告を課長代理から一般社員に降格するとの処分を予定し、久門部長は上司の指示により昭和五三年五月末か六月初めころ降格処分になる予定であることを原告に伝えた。すると原告は、靴の問題では会社に迷惑をかけたので退職する時機を考えていた、今度処分ということになるのであれば退職する旨述べ、原告は昭和五三年六月一四日被告会社に対し同年六月末をもって退職する旨の届を提出し、被告会社はそれを了承した。なお右退職にあたり、被告会社の役員や従業員による原告の退職を強制するような言動や、原告を欺罔して退職させようとする言動はなく、原告は自発的に被告会社を退職した。

三  以上認定のとおり、原告は自発的に被告会社を退職したものであって、被告会社及びその社員において強制又は欺罔により原告を退職させようとする言動があったとは認められず、原告の権利又は利益を侵害する違法行為があったとはいえないから、その余の点について検討するまでもなく原告の請求は失当である。

四  よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 土屋哲夫)

別紙(略)

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